認知症の予防の仕方

日本の認知症の現状と認知症への向き合い方

 認知症は、脳の老化や病気が原因で認知機能が低下し日常生活に支障が出ている状態です。
 日本は世界の富裕層が集まるモナコを除けば高齢化率第1位で、2025年には認知症患者が700万人に上り、3人に1人が高齢者で、高齢者のうち5人に1人が認知症といった高齢化社会になっています。

2012年に公表された「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害へ対応」では、80~84歳の日本人の約2割が認知症であり、5歳毎に約20%ずつ認知症患者の割合は増えていました。 厚生労働省科学研究費補助金 認知症対策総合研究事業 「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害へ対応」平成24年度総合研究報告書

 認知症は脳の老化や病気が主原因ですから、高齢になればなるほど認知症の方が増えるのは当然です。
そのため80歳だからと認知症であるのが自然として認知症の診断や治療を拒否される患者さんや家族の方と遭遇することもしばしばです。
自分の人生は自分で決める、家族の人生は家族が決めるのは当然ですが、80~84歳の認知症患者は約2割と少数派であり、認知症は日常生活を改めながら内服薬を調整すれば、あなたがあなたらしく尊厳を持って生きていける時間が長くなることが可能な病気です。

 私たち医師は健康寿命を伸ばすために努力しています。
健康寿命を伸ばすためには、生じた病気による身体や寿命への影響を最小限に留めることだけでなく、その予防がとても大切です。益々高齢化社会になる日本ですが、日常生活を改め適切な薬を服用することで認知症の罹患率を減らせることが可能です。
認知症の40%は予防できますので、原因に向き合い認知症にならない方法を知りましょう。

認知症の予防の仕方

 「寿命は心臓の老化や病気が原因、認知症は脳の老化や病気が原因」なので、認知症予防は健康でいることが最善策です。いわゆるwell-beingの状態維持が、脳や心臓の命を延ばすことになります。
健康とは単純に病気でない事を指すわけではありません。脳の病気はストレスが原因で発症することもあるのでwell-beingの状態を保つ事が大切です。

 well-beingとは、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味します。つまり肉体面でも精神面でも生活環境面でも、その人自身が暮らしていくのにストレスのない安定している状態であることがwell-beingである状態です。

 WHO憲章の序文にも「健康とは完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。到達しうる最高基準の健康を享有することは、人種、宗教、政治的信念又は経済的若しくは社会的条件の差別なしに万人の有する基本的権利の一である。(以下略)」と記されています。

 いったいwell-beingの状態を獲得できている人がどれだけいるのでしょうか?
精神面や社会面はその人の置かれている状況やその人の考え方などに依存されます。どれほど肉体的に優れていても、戦時下では精神面を維持できる人はまずいません。社会的に安定している状態の維持は不可欠ですので、引き続き日本の政府や官僚の皆さん、自衛隊の皆さんに頑張ってもらいましょう。

 私達医療人ができるのは身体面です。

ここではそのランセット委員会から出た2020年の報告書を元に、認知症の予防の仕方について私見を加えて紐解いていきます。

認知症における修正可能なリスクファクター12因子

幼年期~成人期(45歳未満)

 

  • 教育不足 ;7%

壮年期(45歳~65歳未満)

 

  • 難聴;8%
  • 頭部外傷;3%
  • 高血圧;2%
  • 過度の飲酒;1%
  • 肥満;1%

老年期(65歳以上)

  •  喫煙;5%
  • うつ病;4%
  • 社会的孤立;4%
  • 運動不足;2%
  • 大気汚染;2%
  • 糖尿病;1%

以上の12因子で40%のリスク回避ができるとされています。

Livingston G, Huntley J, et al. Dementia prevention, intervention, and care :2020 report of the Lancet Commission. Lancet. 2020; 396:413-46.

つまり「しっかりとした教育を受けて育ち、怪我や風邪に気をつけて、塩分やカロリーを取りすぎず、適度に運動を続けながら、タバコを吸わないようにしてお酒は程々にすること。ある程度のコミュニティーに参加して、孤独にならないようにすること。」ができれば、あなたは認知症にはなりにくいでしょう。

認知症リスク回避のための提言

すべての子どもたちに初等・中等教育を提供しましょう。

難聴があれば、補聴器を使用しましょう。

しかし対象者の大半が補聴器を受け入れず、使いにくさや効果を実感できていないため補聴器の着用を支援する必要があります。また過度の騒音から耳を保護する必要があります。

→10dB聴力が低下するごとに認知力が低下し、25dB以下は認知症と有意に関連していました。
Golub JS, Brickman AM, et al. Association of subclinical hearing loss with cognitive performance.
JAMA Otolaryngol Head Neck Surg 2019; 146: 57–67.

→補聴器を使用しない難聴のある人では認知症発症率が高い事が報告されています。
Amieva H, Ouvrard C, et al. Death, depression, disability, and dementia associated with self-reported hearing problems:
a 25-year study. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2018; 73: 1383–89

③仕事や交通手段での深刻な頭部外傷の発生リスクを低減させましょう。

→認知症リスクは外傷性脳損傷後半年で最も高く(HR 4.1、95%CI 3.8-4.3)、負傷回数と共に増加します。負傷1回で1.2倍(95%CI 1.2-1.3)5回以上で2.8倍(95%CI 2.1-3.8)となります。
Fann JR, Ribe AR, et al. Long-term risk of dementia among people with traumatic brain injury in Denmark:
a population-based observational cohort study. Lancet Psychiatry 2018; 5: 424–31.

→脳震盪を起こした高齢者は認知症のリスクが2倍になります。3〜9年追跡すると6人に1人が認知症を発症していました。ただしスタチン服用者は認知症リスクが13%減少していました。
Redelmeier DA, Manzoor F, et al. Association between statin use and risk of dementia after a concussion.
JAMA Neurol 2019; 76: 887

④40歳前後から中年期の収縮期血圧を 130mmHg 以下に維持することを目指しましょう。
中年期の高血圧状態の維持は、晩年期の認知症発症リスクの上昇と関連しています。

→フラミンガム心臓研究で、中年期(平均55歳)の収縮期血圧が140mmHg以上の人は、その後18年間で認知症発症リスクが1.6倍(95%CI 1.1-2.4)でした。さらに平均69歳まで追跡した結果では、発症リスクは2倍(95%CI 1.3-3.1)になっていました。
McGrath ER, Beiser AS, et al. Blood pressure from mid- to late life and risk of incident dementia.
Neurology 2017;89: 2447–54.

→高齢者は血圧が低下する傾向がありますが、高齢者の血圧低下は認知症発症リスクが2.4倍(95% CI 1.4-4.2 )となり、発症原因になる可能性があるため注意が必要です。
Walker KA, Sharrett AR, et al. Association of midlife to latelife blood pressure patterns with incident dementia.
JAMA 2019;322: 535–45.

降圧治療は、認知症予防に有効な唯一の薬物療法です。

→SPRINT試験(50歳以上の高血圧患者9361名)では厳格治療群(収縮期120mmHg未満)は標準治療群(収縮期140mmHg未満)と比べて心血管イベントおよび死亡が有意に少なく早期中止されましたが、SPRINT MIND試験(MRIが施行された670名)は継続され、厳格治療群は標準治療群と比べて認知症患者数が0.8倍(95% CI 0.7-1.0)と低率でした。
Williamson JD, Pajewski NM, et al. Effect of intensive vs standard blood pressure control on probable dementia:
a randomized clinical trial. JAMA 2019; 321: 553–61.

→降圧治療薬の4つのメタ解析全てにおいて、降圧治療介入群ではアルツハイマー病など認知症の発症を抑制していました。

A.降圧剤全てのRCTで約10%のリスク低減(RR 0.9, 95% CI 0.9-1.0 )を認めました。
Peters R, Warwick J, et al. Blood pressure and dementia: what the SPRINT-MIND trial adds and what we still need to know. Neurology 2019; 92: 1017–18.

B.利尿系降圧剤では認知症発症リスクは0.8倍(95% CI 0.7-0.9)と低率でした。
Tully PJ, Hanon O, et al. Diuretic antihypertensive drugs and incident dementia risk:
a systematic review, meta-analysis and meta-regression of prospective studies. J Hypertens 2016; 34: 1027–35.

C.降圧剤の使用で認知症発症リスクは0.9倍(95% CI 0.8-1.0)と低下しましたが、降圧剤の種類による違いはありませんでした。
Ding J, Davis-Plourde KL, et al. Antihypertensive medications and risk for incident dementia and Alzheimer’s disease:
a meta-analysis of individual participant data from prospective cohort studies. Lancet Neurol 2020; 19: 61–70.

D.Ca拮抗薬は認知症発症リスクを約30%(RR 0.7, 95% CI 0.6-0.9) 低下させました。
Hussain S, Singh A, et al. Calcium channel blocker use reduces incident dementia risk in elderly hypertensive patients:
a meta-analysis of prospective studies. Neurosci Lett 2018; 671: 120–27.

週21単位(1単位=アルコール20グラム)以上の飲酒をしないようにしましょう

アルコール1単位=20グラム
ビール 500ml
日本酒 1合
ワイン 200ml(グラス1.5杯)
酎ハイ5% 500ml
焼酎 100ml
ウイスキー シングル2杯

→若年性認知症患者の56.6%(全認知症の5.2%)がアルコール中毒患者でした。
Schwarzinger M, Pollock BG, et al. Contribution of alcohol use disorders to the burden of dementia in France 2008–13:
a nationwide retrospective cohort study. Lancet Public Health 2018;3: e124–32.

→14単位以上の飲酒は、MRIでの右側海馬の萎縮と関連していました。
Topiwala A, Allan CL, et al. Moderate alcohol consumption as risk factor for adverse brain outcomes and cognitive decline:
longitudinal cohort study. BMJ 2017; 357: j2353.

→一方、軽度から中等度の飲酒は、飲酒しない人より約30%(RR 0.7, 95% CI 0.6-0.91)リスク低減効果があります。
Ilomaki J, Jokanovic N, et al. Alcohol consumption, dementia, and cognitive decline: an overview of systematic reviews.
Curr Clin Pharmacol 2015; 10: 204–12.

健康的な食事と適度の運動で肥満状態を改善しましょう

→BMI30以上の肥満は認知症リスクを約30%(RR1.3、95% CI 1.0-1.6)上昇させますが、BMI 25-30程度であればリスク(RR1.1、95% CI 1.0-1.2)と言える程ではありません。
Albanese E, Launer LJ, et al. Body mass index in midlife and dementia: systematic review and meta-regression analysis of 589,649 men and women followed in longitudinal studies. Alzheimers Dement (Amst) 2017; 8: 165–78.

→BMI25以上の人が2kg以上のダイエットをすると注意力と記憶力が著しく改善しましたが、減量で長期的な記憶力の改善効果や認知症予防効果があるのかどうかは不明です。
Veronese N, Facchini S, et al. Weight loss is associated with improvements in cognitive function among overweight and obese people:
a systematic review and meta-analysis. Neurosci Biobehav Rev 2017; 72: 87–94.

禁煙は年齢に関係なく認知症には効果的です。子供も大人も喫煙にさらされる機会を減らし、喫煙を減らし、禁煙を促すための国内および国際的な取り組みを引き続き強化しましょう。

→60歳以上の男性5万人に調査した結果、4年以上禁煙した群は喫煙を続けた群に比べて、その後8年間の認知症発症リスクを減少させました(HR 0.9; 95% CI 0.7-1.0 )。
Choi D, Choi S, et al. Effect of smoking cessation on the risk of dementia: a longitudinal study.
Ann Clin Transl Neurol 2018; 5: 1192–99.

うつ病は心理的あるいは生理的に認知症発症と関連しています。うつ病は認知症の前駆症状や初期症状でもありますが、抗うつ薬が認知症リスクを軽減するかどうかは不明です。

→71~89歳の認知症ではない男性4922人の14年間の縦断研究で、うつ病は認知症発症率を1.5倍(95%CI 1.2~2.0 )増加させましたが、抗うつ薬で発症予防はできませんでした。
Kelly ME, Duff H, et al. The impact of social activities, social networks, social support and social relationships on the cognitive functioning of healthy older adults: a systematic review. Syst Rev 2017; 6: 259.

引きこもると認知症発症リスクは高まるので、社会との接点はできるだけ多く持ちましょう。

→日本人65歳以上の13984人を10年間追跡調査した結果、「既婚者であること」「家族が交代でサポートしていること」「友人との接触機会が多いこと」「コミュニティグループへ参加していること」「有給労働に従事していること」が、認知症発症リスクを低下させていました。
最もリスクが低い群は高い群より発症リスクが46%も低下していました。
Saito T, Murata C, et al. Influence of social relationship domains and their combinations on incident dementia:
a prospective cohort study. J Epidemiol Community Health 2018; 72: 7–12.

中年期、場合によっては老年期の身体活動の維持は認知症予防に有効です。

→25年間の追跡期間で、中年期に週1回以上の汗をかく程度の運動習慣が、認知症リスクを低下させていました(HR 0.8、95%CI 0.6-1.1)。
Zotcheva E, Bergh S, Selbæk G, et al. Midlife physical activity, psychological distress, and dementia risk:
the HUNT study. J Alzheimers Dis 2018; 66: 825–33.

→運動不足は認知症の原因でもあり結果でもあります。心血管疾患があれば、運動不足はより大きなリスクとなります。
Kivimäki M, Singh-Manoux A, et al. Physical inactivity, cardiometabolic disease, and risk of dementia:
an individualparticipant meta-analysis. BMJ 2019; 365: l1495.

大気汚染にさらされる人を減らすため、国内および国際的な政策を進め、副流煙などの暴露を減らしましょう。

→大気汚染物質曝露と認知症発症について、2018年までのシステマティックレビューで、PM2.5、NO2、一酸化炭素への曝露がいずれも認知症発症リスクを上昇させていました。

糖尿病には気をつけましょう。糖尿病の人はメトホルミン服用が認知症予防に有効です。

→認知症患者を含む2型糖尿病患者10万人のメタ解析で、糖尿病は認知症発症リスクを60%も上昇させていました。(RR 1.6、95%CI 1.4-1.8)
Chatterjee S, Peters SA, Woodward M, et al. Type 2 diabetes as a risk factor for dementia in women compared with men:
a pooled analysis of 2.3 million people comprising more than 100,000 cases of dementia. Diabetes Care 2016; 39: 300–07

→メトホルミン服用患者は、認知症の有病率が低く(3研究 OR 0.6、95%CI 0.4-0.8)、認知症の発症率も低いと報告されました(6研究 HR 0.8 、95%CI 0.4-0.9)。
Sabia S, Fayosse A, et al. Association of ideal cardiovascular health at age 50 with incidence of dementia:
25 year follow-up of Whitehall II cohort study. BMJ 2019; 366: l4414.

その他の要素

⑬睡眠

 睡眠障害はAβの沈着、glymphatic system(脳の老廃物が脳脊髄液により排出される機能)の低下、軽度の炎症、タウの増加、低酸素、心疾患と関連しており、睡眠障害はAβ負荷を増加させ、アルツハイマー病や睡眠障害を増悪させていると考えられています。

→日本人の60歳以上1517人を調べた久山町研究で、睡眠時間と認知症リスクの間にはU字型の関連があり、5時間以上7時間未満の睡眠時間に対し、5時間未満(HR=2.6、95% CI 1.4-5.1)と10時間以上(HR=2.2、95% CI 1.4-3.5)では認知症発症リスクが高いと報告されました。
なお、全死因とも同様のU字型関連を認めます。また睡眠薬使用者は、睡眠薬を使用していない5時間以上7時間未満の睡眠時間確保者と比べて認知症リスクが1.66倍、死亡リスクが1.83倍であることも分かりました。
Ohara T, Honda T, et al. Association between daily sleep duration and risk of dementia and mortality in a Japanese community.

J Am Geriatr Soc 2018; 66: 1911–18.

⑭食事

 健康的な食事を接種する事は心血管リスク因子から守られる事で、認知症発症リスクを抑制できるかもしれませんが、認知症そのものの予防にはなりません。

→中年期の食事評価を3回行った8255人を25年近く追跡調査した結果、心血管疾患を持つ人を除いて、健康的な食事構成や地中海食は認知症の予防に繋がらないことがわかっています。
Akbaraly TN, Singh-Manoux A, et al. Association of midlife diet with subsequentrisk for dementia. JAMA 2019; 321: 957–68.

⑮バイオマーカー

 PETや髄液中のアミロイドやタウが陽性ならば、アルツハイマー病の発症リスクは高くなります。
ただし陽性者の8割以上が観察期間中にアルツハイマー病を発症していないので、個人の予後予測に転用はできません。陰性ならば、現時点でアルツハイマー病では無いことの証拠となり、数年間でアルツハイマー病を続発する可能性は低いと考えられます。
また血液バイオマーカーは低コストで測定できるので利用価値が高いと考えられます。

→認知症ではない人のPETアミロイド陽性率は、50~59歳で2.7%(95%CI 0.5~4.9)、80~89歳で41.3%(95%CI 33.4~49.2%)でした。10年間の追跡調査で、陽性者は陰性者と比べてアルツハイマー病の高率に発症していました(HR 2.6, 95% CI 1.4-4.9).
Roberts RO, Aakre JA, et al. Prevalence and outcomes of amyloid positivity among persons without dementia in a longitudinal, population-based setting. JAMA Neurol 2018; 75: 970–79.

→血液バイオマーカーは、アミロイドPETに対して80%以上の感度と特異度を持ち、Aβ1-42の髄液濃度と相関していました。
Nakamura A, Kaneko N, et al. High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer’s disease. Nature 2018; 554: 249–54.

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