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腰痛の90%は原因不明? MRIを撮るべきタイミングと最新の予防法を専門医が解説

local_offer腰痛・坐骨神経痛

 腰痛の約90%は「非特異的腰痛」と呼ばれ、MRIでも明確な原因が特定できません。 では残りの10%はどうなのか? 椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症は5〜10%、感染・腫瘍・炎症性疾患は1〜2%以下と稀です。 The Lancet・BMJ・Nature Medicineなど近年の研究論文をもとに、脳神経外科専門医が「腰痛の正体」と「MRIを受けるべきタイミング」を解説します。

 

このブログの目次

監修:我妻敬一(脳神経外科専門医・脳卒中専門医)
大阪市天王寺区 あづま脳神経外科リハビリクリニック 院長 脳神経外科臨床経験25年以上


第0章 腰痛の90%は「原因不明」?

 

 皆さん、腰が痛くなったとき、まず何を考えますか? 「椎間板ヘルニアかもしれないから、すぐにMRIを撮ってもらわないと」・・・そう思う方が多いのではないでしょうか。 当院にも、そう思って多くの方が来られます。

 しかし、ここで驚くべき事実をお伝えします。

 

腰痛の約90%は、MRIを撮っても「はっきりした原因がわからない」のです。

 

 これは医学用語で「非特異的腰痛(ひとくいてきようつう)」と呼ばれます。 レントゲンやMRIで画像を撮っても、「これが痛みの原因です」と明確に指し示せる病変が見つからない腰痛のことです。

 「原因不明? じゃあ何で痛いの?」・・・そう疑問に思いますよね。 実は、この疑問に対する答えが、近年の疼痛研究で大きく進歩しています。

 

 逆に、明確な器質的病変が特定される腰痛は全体の10〜15%未満です。 その内訳をみると、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などの構造的異常が約5〜10%、そして感染症・腫瘍・炎症性疾患(化膿性脊椎炎、脊椎転移、強直性脊椎炎など)は全体の1〜2%以下と、実は非常に稀なのです。

 

 つまり、腰痛で病院を受診された方の大多数は、画像検査では「異常なし」と言われることになります。 だからと言って、その腰痛は決して「異常がない」わけではありません。 痛みのメカニズムは、単純な構造の問題だけでは説明できないほど複雑であるため、レントゲンやMRIだけでは診断が難しいのです。

 

 当院のブログでも以前、「肩こりと頚部痛・腰痛の原因と5つの対策方法」で、座りすぎやストレスが首や腰の痛みを引き起こすメカニズムについて詳しく解説しました。 今回はその続編として、「腰痛」に焦点を絞り、最新のハイインパクト論文をもとに、腰痛の分類・原因・MRIの意味・そして最新の治療と予防について深掘りしていきます。

 

 いつものように、やたらと長くて申し訳ありません。
 でも、腰痛で困っている人に届くように丁寧に書いていますので、頑張って読んでみてください。


第1章 6億人が苦しむ腰痛――世界第1位の障害原因

 

 腰痛がどれほど深刻な世界的問題か。 その答えを明確に示しているのが、2023年にLancet Rheumatologyに発表された「世界疾病負荷研究(GBD 2021)」の腰痛解析です。

 

2020年時点で、世界の腰痛患者は6億1,900万人

 

 この数字を聞いて、驚かれましたか? 6億1,900万人。 これは世界人口の約8%にあたります。 しかも、この数字は2050年には8億4,300万人に達すると予測されています。

 

 腰痛の障害生存年(YLDs:痛みや障害を抱えながら生活している年数)は、10万人あたり832です。 これは全371の疾患・傷害の中で世界第1位。 つまり、地球上で人間の日常生活を最も制限している健康問題は、心臓病でも、がんでもなく、腰痛なのです。

 

 以前のブログでご紹介した頚部痛(YLDs 10万人あたり244)と合わせると、腰痛+頚部痛で10万人あたり約1,076。 私たちの首と腰は、まさに現代人の「弱点」と言えるでしょう。

 

腰痛のリスク要因:職業・肥満・喫煙

 

 GBD 2021では、腰痛に寄与する主なリスク要因も分析されています。 腰痛によるYLDsの38.8%は、職業的要因(重量物の取り扱い等)・喫煙・高BMI(肥満)という3つの修正可能な要因に起因していました。

 

 言い換えれば、腰痛の約4割は、生活習慣の改善によって予防・軽減できる可能性があるということです。 これは、とても重要なメッセージです。

 

😄ちょこっと解説‼️

 YLD(障害生存年)とは、「病気やケガのせいで、健康な状態で過ごせなかった年数」を合計した指標です。  たとえば、10万人あたり244 YLDsとは、10万人の集団で毎年244年分の「健康でない生活」が首の痛みだけで生じていることを意味します。 日本の人口で換算すると、年間約30万年分にもなります。 腰痛は、命を奪う病気ではないけれど、これだけ膨大な数の人々の日常を静かにむしばんでいる ・・・ YLDsという指標は、そうした「見えにくい負担」を見える化してくれる数字なのです。

 

📖 根拠文献: Ferreira ML, de Luca K, Haile LM, et al. Global, regional, and national burden of low back pain, 1990–2020, its attributable risk factors, and projections to 2050: a systematic analysis of the Global Burden of Disease Study 2021. Lancet Rheumatol. 2023;5(6):e316–e329.


第2章 腰痛の3つの分類 あなたの腰痛はどれ?

 

 2021年にThe Lancetに発表されたKnezevicらの論文は、腰痛の包括的な分類と管理について、最新のエビデンスをまとめた重要な論文です。 この論文をもとに、腰痛を大きく3つに分類してみましょう。

 

分類① 非特異的腰痛(全体の約85〜90%)

 

 最も多いのが、この非特異的腰痛です。 画像検査では明確な構造的異常が特定できない腰痛で、筋・筋膜性の痛み、椎間関節由来の痛み、椎間板由来の痛みなどが混在しています。

 「非特異的」という名前がついていますが、「原因がない」わけではありません。 痛みの原因が複数の要因の組み合わせであり、画像だけでは特定が難しいという意味です。 後で出てきますが、バイオサイコソーシャルモデルで理解することが重要です。

 

分類② 特異的腰痛(全体の約5〜10%)


診察室で日本人医師がMRIモニターと脊椎模型を使い、特異的腰痛(腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎すべり症、腰椎の圧迫骨折)について患者に説明している画像。

 画像検査で明確な構造的異常が確認でき、それが症状と一致する腰痛です。 代表的なものとして、以下が挙げられます。

  • 腰椎椎間板ヘルニア
     椎間板の一部が飛び出して神経を圧迫し、腰痛に加えて坐骨神経痛やしびれを引き起こします。
  • 腰部脊柱管狭窄症
     椎体の変形や椎間板の影響で脊柱管が狭くなり、中を通っている馬尾神経が圧迫されて生じる病気です。長く歩くと足がしびれて休まないと歩けなくなる「間欠性跛行(かんけつせいはこう)」が特徴的な症状です。また、神経が通る椎間孔が圧迫されて、神経障害や血流障害により症状が出るタイプもあります。
  • 腰椎すべり症
     椎体が前方にずれることで椎間板の変性が助長され、神経を圧迫します。脊柱管狭窄症と合併することも少なくありません。
  • 胸椎もしくは腰椎の圧迫骨折
     骨粗鬆症がある方では、尻もち程度の軽い衝撃でも椎体が潰れることがあります。まったく痛みを感じない「いつの間にか骨折」もあれば、突然の激しい腰痛で寝返りすら打てなくなる方もいます。「ひどいぎっくり腰」と思ってやり過ごしたり、レントゲンでは判らない圧迫骨折もありますが、MRIを撮影すれば原因をしっかり特定できます。

 

 これらの疾患は、症状とMRI所見が一致することで診断されます。 ただし、ここが大事なポイントなのですが、MRIで「ヘルニア」や「狭窄」が見つかったからといって、それが必ずしも今の痛みの原因とは限りません。 この点については、後ほど詳しくお話しします。

 

分類③ 重篤な基礎疾患による腰痛(全体の1〜2%以下): 見逃し危険!

 

 頻度は非常に低いですが、見逃してはならない腰痛がこのカテゴリーです。

  • 悪性腫瘍(がんの脊椎転移など)
     他の臓器に発生したがんが脊椎に転移し、骨を破壊することで腰痛や背部痛を引き起こします。 安静にしていても痛みが治まらない、夜間に痛みで目が覚める、体重減少を伴うといった場合は注意が必要です。
  • 感染症(化膿性脊椎炎・椎間板炎・硬膜外膿瘍)
     細菌が血流を介して脊椎や椎間板、脊髄の周囲に感染を起こす病気です。 発熱を伴う腰痛や、糖尿病・免疫抑制状態にある方に急な腰痛が生じた時には注意が必要です。 治療が遅れると神経障害が残ることがあり、早期の診断と抗菌薬治療が大切です。
  • 炎症性疾患(強直性脊椎炎などの脊椎関節炎)
     免疫の異常により脊椎の関節に慢性的な炎症が生じる病気です。 特徴的なのは、動かさずにじっとしていると痛みが強まり、身体を動かすと楽になるという点です。 若い男性に多く、朝のこわばりが30分以上続く場合は疑う必要があります。
  • 馬尾症候群(ばびしょうこうぐん)
     脊柱管の中を走る馬尾神経が強く圧迫され、排尿・排便の障害(尿が出にくい、漏れる、便意がわからないなど)や、お尻周囲のしびれ(サドル麻痺)が生じます。 これは緊急手術が必要な疾患です。 このような症状が現れたら、迷わずすぐに受診してください。

 

 これらは全体の1〜2%以下と非常に稀ですが、発見が遅れると命に関わったり、重い後遺症を残す可能性があります。 だからこそ、後で説明しますが、「レッドフラッグ」を知っておくことが極めて重要です。

 

📖 根拠文献: Knezevic NN, Candido KD, Vlaeyen JWS, Van Zundert J, Cohen SP. Low back pain. The Lancet. 2021;398(10294):78–92.


第3章 MRIで「異常あり」でも痛くない人がいる

 

 「MRIを撮れば腰痛の原因がわかるはず」・・・多くの方がそう考えています。 しかし、医学研究が明らかにしたのは、この常識を覆す事実でした。

 

腰痛がない人でも、MRIで「異常」が見つかる

 

 Brinjikjiらが3,110人の無症状者(腰痛がない人)のMRIを系統的に分析した研究は、衝撃的な結果を示しました。

 

MRI所見 20代での有病率 50代での有病率 80代での有病率
椎間板変性 37% 80% 96%
椎間板膨隆(バルジ) 30% 60% 84%
椎間板突出 29% 36% 43%

 

 驚きませんか? 腰痛がまったくない20代の方でも、約3割にMRIで椎間板の膨隆や突出が認められるのです。 50代では6割、80代では実に96%の人に椎間板変性が見つかります。 それでも、これらの方々は腰が痛くないのです。

 

 この事実は、MRIの「異常所見」が必ずしも痛みの原因ではないことを強く示しています。 MRIで見つかる椎間板の変化の多くは、白髪やシワと同じように、「加齢に伴う変化」なのです。

 

不必要なMRIがもたらす弊害

 

 2021年にBMJに発表されたHallらのレビューは、ルーティンの画像検査が腰痛患者にとってむしろ有害になりうることを示しました。

 

 米国の約40万6千人の患者を対象とした2020年の研究では、早期にMRIを受けた患者は、受けなかった患者と比較して以下の結果が報告されています。

  • 腰椎手術を受ける割合:1.48% vs 0.12%(約12倍)
  • オピオイド薬の使用:35.1% vs 28.6%
  • 1年後の痛みスコア:MRI群の方がむしろ高い

 

 つまり、早期にMRIを受けた人の方が、手術率も鎮痛剤の使用率も高いのに、1年後の痛みはむしろ悪いという結果だったのです。

 

 なぜこのようなことが起きるのでしょうか。 

 

 問題の根底にあるのは、「画像を撮ること」と「その結果を患者さんにどう伝えるか」が切り離されてしまっている現状です。

 

 日本の医療現場では、外来の時間的制約は深刻です。 大きな病院であれ小さなクリニックであれ、一人の患者さんに割ける時間には限りがあります。 その中で、MRIの所見を丁寧に説明し、「この所見は今の痛みの原因とは限りませんよ」と時間をかけて伝えることは、実際にはとても難しいのが現実です。

 

 その結果、何が起きるか。

 

 MRIで「ヘルニアがあります」「狭窄があります」と伝えられた患者さんは、不安になります。 「自分の腰は壊れている」という認識が生まれ、恐怖回避行動(痛みを恐れて動かなくなること)や破局的思考(「もう治らない」と思い込むこと)が助長されるのです。 動かなくなり、座り込んでいれば、腰痛が悪化するのは当然です(この点は後で詳しく説明します)。 こうして結果的に、より多くの医療介入を求めることになり、痛みの慢性化を招いてしまいます。


 だからといって、「MRIは一切必要ない」と言っているわけではありません。 レッドフラッグ(危険な兆候)がある場合には、速やかにMRIを受けるべきです。 問題なのは、レッドフラッグがないのに「念のため」で撮るMRIなのです。

📖 根拠文献: Brinjikji W, Luetmer PH, Comstock B, et al. Systematic literature review of imaging features of spinal degeneration in asymptomatic populations. AJNR Am J Neuroradiol. 2015;36(4):811–816.
📖 Hall AM, Aubrey-Bassler K, Thorne B, Maher CG. Do not routinely offer imaging for uncomplicated low back pain. BMJ. 2021;372:n291.


第4章 レッドフラッグ 見逃してはいけない危険な腰痛

 

 「MRIを急いで撮る必要はない」と聞いて、安心した方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、中には絶対に見逃してはいけない腰痛があります。 それが「レッドフラッグ」と呼ばれる危険な兆候です。

 

 2021年に改訂されたACR(米国放射線学会)適正使用基準では、以下の症状がある場合に速やかな画像検査(MRI)を推奨しています。

 

🚩 すぐにMRIを受けるべきレッドフラッグ

 

レッドフラッグ 疑われる疾患 緊急度
排尿・排便の障害(尿が出にくい、失禁) 馬尾症候群 超緊急(24時間以内の手術が必要な場合あり)
肛門周囲のしびれ(サドル領域の感覚低下) 馬尾症候群 超緊急
急速に進行する下肢の筋力低下 重度の神経障害 緊急
発熱を伴う腰痛 脊椎感染症(化膿性脊椎炎など) 緊急
がんの既往がある方の新たな腰痛 脊椎転移 緊急
原因不明の体重減少を伴う腰痛 悪性腫瘍 早急
安静にしていても痛い(特に夜間痛) 腫瘍・感染 早急
免疫抑制状態(ステロイド長期使用等) 感染症 早急
外傷後の高齢者・骨粗鬆症患者の腰痛 圧迫骨折 早急
6週間の保存的治療で改善しない腰痛 各種疾患の精査 通常

 

 特に、馬尾症候群は最も緊急度が高い疾患です。 排尿障害(尿が出にくい、残尿感がある、失禁する)やお尻の周りのしびれ、両脚の筋力低下が出現した場合は、24〜48時間以内に手術が必要になることがあります。 「様子を見よう」ではなく、すぐに脳神経外科や整形外科を受診してください。

 

 逆に言えば、これらのレッドフラッグがいずれも該当しない場合、急いでMRIを撮る必要はありません。 国際的なガイドラインでは、レッドフラッグのない急性腰痛(発症から6週間以内)に対して、ルーティンの画像検査は推奨されていません。 まずは適切な保存的治療(運動療法・生活指導・必要に応じた鎮痛剤)を行い、6週間経っても改善しない場合に画像検査を検討するのが、エビデンスに基づいた標準的なアプローチです。


あづま脳神経外科リハビリクリニック 大阪市天王寺区生玉前町2-6
 腰痛・坐骨神経痛外来のご案内

 

📖 根拠文献: Defined ACR Appropriateness Criteria® Low Back Pain: 2021 Update. J Am Coll Radiol. 2021;18(11S):S361–S379.
📖 Hall AM, et al. Do not routinely offer imaging for uncomplicated low back pain. BMJ. 2021;372:n291.


第5章 非特異的腰痛の正体 バイオサイコソーシャルモデル


非特異的腰痛のメカニズム「バイオサイコソーシャルモデル」の図解。生物学的(座りすぎ)、心理学的(ストレス)、社会的要因の3つの歯車が連動し、画像検査では見えない痛みが生まれる仕組みを日本人男性のイメージと共に説明しています。

 「MRIで異常がないのに痛い」。 この矛盾を解き明かすのが、現代の疼痛医学で最も重要な概念のひとつ、バイオサイコソーシャルモデルです。

 

アイキャッチ画像。背景にMRI装置があり、手前に眼鏡をかけ白衣と紺のスラブを着た日本人専門医が、手のジェスチャーを交えて解説している様子。「腰痛の90%は原因不明? MRIを撮るべきタイミングと最新の予防法を専門医が解説」という大きな文字が配置されています。 2021年のLancet論文でKnezevicらは、腰痛を「生物学的(Bio)」「心理学的(Psycho)」「社会的(Social)」の3つの要因が複雑に絡み合って生じるものとして位置づけています。

 

生物学的要因(Bio)

 

 筋肉の緊張、椎間板への力学的ストレス、椎間関節の炎症、靭帯の変性など、身体の構造的な問題です。 当院の以前のブログで解説した「座りすぎ」による姿勢の崩壊や、後弯化に伴う筋肉への過剰な負荷も、この生物学的要因に含まれます。 長時間の座位で背骨を支える靭帯が引き伸ばされ、筋肉が常に緊張し続ける状態は、腰痛の重要な生物学的基盤です。

 

心理学的要因(Psycho)

 

 ストレス・不安・抑うつ・恐怖回避行動・破局的思考など、これらの心理的要因が、痛みの感じ方を大きく左右します。

 

 2021年にLancet Rheumatologyに発表されたNijsらの論文は、中枢性感作のメカニズムを詳しく解説しています。 中枢性感作とは、脳と脊髄の痛みの処理システムが過敏になり、本来なら大した痛みではない信号を「とても痛い」と増幅してしまう現象です。 頭痛の場合、慢性片頭痛やうつ病による頭痛が中枢性感作症候群に相当します。

 

 以前のブログでもご紹介しましたが、慢性的なストレスや抑うつは、この中枢性感作を引き起こす強力な要因です。 同じ程度の筋肉の緊張であっても、ストレスを抱えている人はより強い痛みとして感じてしまう。 これは「気のせい」ではなく、脳の神経回路レベルで実際に起きている変化なのです。

 

 近年では、この種の痛みは「ノシプラスティック痛(nociplastic pain)」とも呼ばれています。 国際疼痛学会(IASP)が提唱した新しい概念で、従来の侵害受容性疼痛(組織の損傷による痛み)や神経障害性疼痛(神経の損傷による痛み)とは異なる、第3の痛みのカテゴリーとして認識されています。

 

社会的要因(Social)

 

 職場環境、労働条件、経済的な不安、家庭内の問題、社会的サポートの不足など、これらの社会的要因も腰痛に影響します。 GBD 2021で、腰痛のYLDsの38.8%が職業的要因・喫煙・高BMIに起因していたことを思い出してください。 特に、仕事への不満足感や職場での低い裁量権は、腰痛の慢性化と強く関連していることが報告されています。

 

つまり、非特異的腰痛の「正体」とは・・・

 

 座りすぎによる身体への負荷、ストレスによる神経の過敏化、そして社会的な要因の3種類の原因があると考えられます。 これら3つの歯車が噛み合うことで、画像検査では「見えない」痛みが生まれているのです。 逆に言えば、このどれか一つでも改善できれば、痛みは軽減する可能性があります。

 

📖 根拠文献: Knezevic NN, et al. Low back pain. The Lancet. 2021;398:78–92.
📖 Nijs J, George SZ, Clauw DJ, et al. Central sensitisation in chronic pain conditions: latest discoveries and their potential for precision medicine. Lancet Rheumatol. 2021;3(5):e383–e392.


第6章 最新エビデンスが支持する治療と予防


公園を笑顔でウォーキングする日本人の中高年男女と、アクアセラピー、チェアエクササイズ、リハビリテーションの様子をまとめた画像。「歩ける人は『歩くだけ』で腰痛の再発が半減」というWalkBackトライアルの研究結果と、歩行が困難な方向けの運動の選択肢がテキストで記載されています。

 腰痛の約90%が非特異的腰痛であり、その背景にバイオサイコソーシャルな要因があるとすれば、治療と予防もまた、多角的なアプローチが求められます。 ここでは、最新の研究が支持する治療法や予防方法をご紹介します。

 

「歩くだけ」で腰痛の再発が半減――WalkBackトライアル

 

 2024年にThe Lancetに発表されたWalkBackトライアルは、世界で初めて「ウォーキングによる腰痛再発予防効果」を無作為化比較試験で実証した画期的な研究です。

 

 オーストラリアで701人の非特異的腰痛から回復した成人を対象に、個別化されたウォーキング+教育プログラム(6ヶ月間で理学療法士との6回のセッション)を行い、最長36ヶ月間追跡しました。

 

 その結果は驚くべきものでした。

  • 腰痛再発までの中央値:ウォーキング群208日 vs 対照群112日
  • 医療機関受診が必要な再発リスク:ほぼ半減
  • 腰痛関連の仕事の休業日数:約半減

 

 ただ歩くだけ。 特別な器具も、高額なジム会費も必要ありません。 ウォーキングには、脊椎構造への穏やかな荷重、筋肉の強化、ストレスの軽減、エンドルフィンの分泌促進など、多面的な効果があると考えられています。

 

 以前のブログで、「週3時間以上の運動が頚部痛の保護因子になる」とお伝えしましたが、腰痛にも全く同じことが当てはまります。 1回30分のウォーキングを週に5回。 これが、腰痛再発を防ぐための「最もコストパフォーマンスの高い処方箋」なのです。

 

📖 根拠文献: Pocovi NC, Lin CWC, French SD, et al. Effectiveness and cost-effectiveness of an individualised, progressive walking and education intervention for the prevention of low back pain recurrence in Australia (WalkBack): a randomised controlled trial. The Lancet. 2024;404(10448):134–144.

 

座りすぎを中断する――以前のブログの復習

 

 前回のブログで詳しく解説した通り、座位時間が4時間を超えるとリスクが60%増加、6時間を超えると88%増加することがメタ解析で示されています。 腰痛も頚部痛と同様、30分に1回は立ち上がって座位を中断することが重要です。

 

ストレスケアと睡眠の改善

 

 中枢性感作のメカニズムを考えると、ストレスの軽減は腰痛治療の重要な柱です。 睡眠の質を改善すること、趣味の時間を確保すること、自分にとってストレス発散になる事を行うこと、そして、必要に応じて信頼できる人に相談したり、心療内科を受診することなどは、すべて「腰痛の治療法」です。

 

 2023年のメタ解析(Hochheim et al.)でも、生物心理社会的アプローチ(バイオサイコソーシャル介入)は、運動療法単独よりも腰痛の改善に効果的であることが示されています。 身体を動かすだけでなく、心のケアも同時に行うことで、治療効果が高まるのです。

 

体重管理と禁煙

 

 GBD 2021では、高BMI(肥満)と喫煙が腰痛の修正可能なリスク要因として挙げられています。 体重が増えると脊椎への力学的負荷が増大し、喫煙は椎間板への血流を低下させて変性を促進させます。 適正体重の維持と禁煙は、腰痛予防の基本です。

 

薬物療法の位置づけ・・・急性期と慢性期で役割が異なる

 

 急性期の非特異的腰痛では、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が第一選択薬として国際ガイドラインで推奨されています。 急性の痛みを抑え、早期に日常動作を取り戻すことが目的です。 一方で、オピオイド(医療用麻薬)の長期使用は効果が限定的であり副作用のリスクが高いことから、国際ガイドラインでは推奨されていません。 Lancetの腰痛シリーズでも、世界的なオピオイドの過剰使用が深刻な問題として指摘されています。

 問題は、慢性腰痛に対する薬の効果が限定的であることです。

 

 2025年にLancet Rheumatologyに発表されたJenkinsらのメタ解析は、慢性腰痛に対する非手術的治療の長期効果(1年以上)を初めて系統的に検証した研究です。 その結果、薬物療法には1年以上の長期的な痛みの改善効果を示すエビデンスがないことが明らかにされました。 NSAIDsは急性期には有効ですが、慢性腰痛に漫然と使い続けても効果は乏しく、むしろ消化管出血や腎機能障害といった副作用のリスクが蓄積していきます。

 

 では、慢性腰痛に対して長期的な効果が確認されている治療は何か。同じメタ解析が示した答えは、運動療法と心理学的介入(認知行動療法など)でした。これらは1〜2年後の追跡調査でも、痛みの強度と障害度の両方に改善効果が認められています。WHOも2023年の慢性腰痛ガイドラインで、非薬物的アプローチを第一選択として推奨しています。

「歩けない人は、どうすればいいのか」

 

 ここで、とても大切なことをお伝えしなければなりません。

 「運動しましょう」「歩きましょう」、こんな言葉に聞き飽きたと思う人も多いと思います。 

「そんなん言われたって、歩かれへんねんからどうしたらいいねん!」

 

 ごもっともなご意見です。 医学的には正しくても、すべての方にコピペできる治療法はありません。

 腰部脊柱管狭窄症で長く歩けない方。 変形性膝関節症で歩くたびに膝が痛む方。 脳梗塞の後遺症で片麻痺がある方。 さまざまな理由で思うように身体を動かせず、結果として座り続ける時間が長くなり、そのためにさらに腰痛や肩こりが悪化していく。 この悪循環の中にいる方は、決して少なくありません。

 

 「歩けばいいのはわかっている。でも、歩けないから困っている。」 その声に、私たちは真摯に向き合わなければなりません。 歩行が困難な方にも、エビデンスに基づいた選択肢があります。

水中運動療法(アクアセラピー)

 

 複数のメタ解析により、水中運動療法は慢性腰痛の痛み、身体機能、生活の質のいずれにおいても有意な改善効果が確認されています。 水の浮力が体重による脊椎や膝関節への負荷を大幅に軽減するため、陸上では歩けない方でも水中では身体を動かすことができます。 水中での体幹筋活動は最大随意収縮の25%以下に抑えられるとされており、関節痛や脊椎損傷のリスクが低い状態で運動が可能です。

椅子に座ったままの運動(チェアエクササイズ) 

 

 立位や歩行が困難な方でも、椅子に座ったまま行える体幹の安定化運動や、上肢の運動、座位での骨盤傾斜運動などがあります。 「座りすぎが悪い」というこのブログのメッセージは、「一切座るな」という意味ではありません。 同じ姿勢で固まり続けることが問題なのであり、座ったままでも身体を動かすことには大きな意味があります。

リハビリテーション

 

 理学療法士による個別のリハビリテーションプログラムは、一人ひとりの身体の状態に合わせて運動の種類と強度を調整できます。 「自分には運動は無理だ」と感じている方こそ、専門家と一緒に「今の自分にできる運動」を見つけていただきたいのです。 当院では、医療保険での外来リハビリテーションや介護保険を使用しての、通所リハビリテーションや訪問リハビリテーションを行なっております。 希望される方は当院に受診されるか、ケアマネージャーの方にご相談ください。

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認知行動療法と痛みの教育

 

 Jenkinsらのメタ解析で長期効果が確認された心理学的介入は、身体を大きく動かす必要がありません。 痛みへの恐怖や「もう治らない」という思い込みを和らげ、痛みとの向き合い方を変えていくアプローチです。 歩行困難な方にとっても、取り組みやすい治療法のひとつです。

 

 大切なのは、今の自分の身体でできることから始めることです。 歩ける方は、歩く。 歩きにくい方は、水中で動く。 立てない方は、座ったまま動く。 それも難しければ、痛みとの向き合い方を変えることから始める。

 

 どの段階にいる方にも、必ず「次の一歩」はあります。 薬はあくまで急性期の痛みを一時的に和らげる手段であり、慢性腰痛の根本的な改善は、その方の状態に合った運動、生活習慣の見直し、そしてストレスや痛みへの向き合い方を変えることです。 つまり生物・心理・社会的(バイオサイコソーシャル)アプローチの中にあります。

 もちろん、そんな努力をしていても改善できずに、結果的に座り続けて悪化していく人は、当院に相談ください。 必要に応じて、しっかりとした慢性疼痛に対する投薬治療も日々行っています。

 

📖 根拠文献:Babiloni-Lopez, C., Fritz, N., Ramirez-Campillo, R., & Colado, J. C. (2024). Water-based exercise in patients with nonspecific chronic low-back pain: A systematic review with meta-analysis. Journal of Strength and Conditioning Research, 38(1), 206–219.


第7章 まとめ――腰痛との賢い付き合い方

 

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。 最後に、今回のブログの要点を整理しましょう。

 

  1. 腰痛の約90%は「非特異的腰痛」であり、MRIで明確な原因は特定されません。 画像に映る椎間板の変化の多くは「加齢の正常な変化」です。
  2. 明確な構造的原因(ヘルニア・脊柱管狭窄症など)が特定されるのは約5〜10%、感染・腫瘍・炎症性疾患は1〜2%以下と稀です。
  3. レッドフラッグ(排尿障害・発熱・がんの既往・急速な筋力低下など)がある場合は、速やかにMRIを受けてください
  4. レッドフラッグがない急性腰痛に対して、早期のMRIは推奨されていません。 不必要な画像検査は不安を増大させ、かえって痛みを長引かせる可能性があります。
  5. 非特異的腰痛はバイオサイコソーシャルモデルで理解しましょう。 身体の問題だけでなく、ストレスや社会的要因も痛みに大きく関与しています。
  6. ウォーキングは最も効果的な腰痛予防法のひとつです(WalkBackトライアル:再発までの期間がほぼ倍に延長)。
  7. 座りすぎを中断する・ストレスをケアする・適正体重を維持する・禁煙する・・・これらが腰痛と賢く付き合うための基本です。
  8. 腰痛の改善に「たった一つの正解」はありません。 歩ける方は、歩くことから始めてください。 歩きにくい方には、水中運動療法があります。 立つことが難しい方には、椅子に座ったままできる運動があります。 身体を動かすこと自体がつらい方には、痛みとの向き合い方を変える認知行動療法や痛みの教育があります。 大切なのは、今の自分の身体で、できることから始めることです。 「腰痛だから動けない」ではなく、「今の自分にできる動き方を見つける」。 その一歩を踏み出すお手伝いをするのが、私たちの仕事です。

 腰痛は、「仕方がない」と諦めるものではありません。 正しい知識を持ち、日常生活の中で小さな変化を積み重ねることで、痛みを和らげ、再発を防ぐことができます。

 

 当院では、腰痛・坐骨神経痛に対して、当日MRI検査を含む専門的な診療を行っています。レッドフラッグの有無を適切に判断し、必要な方には迅速に検査を実施します。 非特異的腰痛の方には、エビデンスに基づいた運動療法やリハビリテーション、生活指導を提供しています。

 

 そして、歩行が困難な方や、長く座り続けることで痛みが悪化している方にも、お一人おひとりの状態に合わせたリハビリテーションプログラムをご提案しています。 「自分には運動は無理だ」と思っている方こそ、一度ご相談ください。 あなたの身体に合った「次の一歩」を、一緒に見つけましょう。


よくある質問(FAQ)

 

Q. 腰が痛いのですが、すぐにMRIを撮った方がいいですか?

A. レッドフラッグ(排尿・排便障害、発熱、がんの既往、急速な筋力低下、原因不明の体重減少など)がなければ、発症6週間以内のMRIは一般的に推奨されていません。 しかし、ご不安がある場合は、レッドフラッグの有無を医師に判断してもらうことが大切です。 当院では当日MRI検査に対応していますので、心配な方はお気軽にご来院ください。

 

Q. MRIで「椎間板ヘルニア」と言われました。手術が必要ですか?

A. MRIでヘルニアが見つかっても、それが痛みの原因とは限りません。 腰痛のない方でも約30%にMRI上の椎間板異常が見つかることが研究で示されています。 症状(足のしびれ・筋力低下など)と画像所見が一致するか、保存的治療で改善するかを慎重に評価した上で、手術の必要性を判断します。

 

Q. 非特異的腰痛と言われましたが、それでも痛いです。どうすればいいですか?

A. 「非特異的」は「原因がない」という意味ではなく、複数の要因が絡み合っているということです。 ウォーキング(WalkBackトライアルで再発半減が実証)、座りすぎの中断、ストレスケアなど、バイオサイコソーシャルモデルに基づいた多角的なアプローチが有効です。

 

Q. 腰痛の予防に最も効果的な運動は何ですか?

A. 2024年のLancet論文(WalkBackトライアル)により、ウォーキングが腰痛の再発予防に極めて有効であることが実証されました。 1回30分のウォーキングを週5回程度が目安です。 高額な器具やジムは不要で、誰でも今日から始められます。

 

Q. ストレスが腰痛の原因になるって本当ですか?

A. 本当です。 Lancet Rheumatology(2021年)に発表された中枢性感作の研究によると、慢性的なストレスや抑うつは脳の痛み処理システムを過敏にし、本来なら軽度の痛みを強い痛みとして感じさせます。 ストレスケアは立派な「腰痛治療」です。

 

Q. あづま脳神経外科リハビリクリニックでは腰痛を診てもらえますか?

A. もちろんです。 当院では、脳神経外科専門医による腰痛・坐骨神経痛の専門外来を行っています。 当日MRI検査、神経学的検査に基づく正確な診断、リハビリテーション、栄養指導まで、包括的な診療を提供しています。


参考文献

  1. Ferreira ML, de Luca K, Haile LM, et al. Global, regional, and national burden of low back pain, 1990–2020, its attributable risk factors, and projections to 2050: a systematic analysis of the Global Burden of Disease Study 2021. Lancet Rheumatol. 2023;5(6):e316–e329.
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  7. Foster NE, Anema JR, Cherkin D, et al. Prevention and treatment of low back pain: evidence, challenges, and promising directions. The Lancet. 2018;391(10137):2368–2383.
  8. Nijs J, George SZ, Clauw DJ, et al. Central sensitisation in chronic pain conditions: latest discoveries and their potential for precision medicine. Lancet Rheumatol. 2021;3(5):e383–e392.
  9. Babiloni-Lopez, C., Fritz, N., Ramirez-Campillo, R., & Colado, J. C. (2024). Water-based exercise in patients with nonspecific chronic low-back pain: A systematic review with meta-analysis. Journal of Strength and Conditioning Research, 38(1), 206–219.

 


免責

 

 本記事は一般的な医学情報の提供を目的としています。 症状や治療は個人差があるため、心配な方は医療機関へご相談ください。

 急に手足が動かなくなった、排尿ができなくなった、発熱を伴う腰痛が出現したなどの症状があれば、すぐに医療機関を受診してください。

 


この記事の監修医師 当院院長 我妻 敬一(あづま けいいち)

 

医療法人 華拓昇会 あづま脳神経外科リハビリクリニック
〒543-0072 大阪市天王寺区生玉前町2-6

専門医資格: 脳神経外科専門医/脳卒中専門医

所属学会: 日本脳神経外科学会、日本頭痛学会、日本脳卒中学会、日本認知症学会など

我妻院長の専門領域: 脳卒中、片頭痛、認知症、しびれ、ふらつき、坐骨神経痛

当院の特徴: 当日MRI検査、専門医診療、神経難病外来、脊椎外来、脳卒中・神経難病リハビリ、栄養指導

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