認知症の非薬物療法は本当に効果があるのか? 2025年発表のメタアナリシス(15件・475名の研究を統合分析)により、「リアリティ・オリエンテーション」が認知機能の改善に中程度の効果を示すことが科学的に証明されました。脳神経外科専門医が、ご家庭で実践できる具体的な方法を解説します。
当院の物忘れ・認知症外来では、内服治療を主に行っていますが、ご家族から「薬以外にできることはないか」というご相談をよく頂きます。
【結論】非薬物療法は薬物療法の「代わり」ではなく「補完」です
最も重要なポイント
⚫︎ リアリティ・オリエンテーションが、認知機能テスト(MMSE)で唯一、統計的に有意な改善効果を示しました
⚫︎ 非薬物療法だけで認知症を治すことはできませんが、薬物療法や運動習慣と組み合わせることで、認知症の進行予防効果を高められます
⚫︎ 認知症の45%は予防可能であることが、2024年のLancet報告書で示されています
このブログからわかること
⚫︎ 4つの非薬物療法:回想法・リアリティ・オリエンテーション・バリデーション療法・ライフストーリーワークの特徴と効果
⚫︎ 認知症の予防方法:コグニティブケアと難聴や生活習慣病の予防
⚫︎ 最も効果が高い療法:リアリティ・オリエンテーションが認知機能改善で唯一明確な効果を示した事実
⚫︎ 家庭での実践方法:日常生活に取り入れられる具体的な方法
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1. 認知症の45%は予防できる|14のリスク要因
ランセット報告書が示す科学的根拠
2024年に発表された医学誌『ランセット(Lancet)』の報告書では、生涯を通じて14の修正可能なリスク要因に対処することで、認知症の45%は予防または発症を遅らせることが可能であると発表されました。これは「認知症になったら仕方ない」という考えを覆す、非常に希望のあるメッセージです。
14のリスク要因と影響度(寄与率)
| 生涯の段階 | リスク要因 | 寄与率 | 対策の例 |
|---|---|---|---|
|
若年期 |
教育水準の低さ |
5% |
生涯学習、読書習慣 |
|
中年期 |
難聴 |
7% |
定期的な聴力検査、補聴器の使用 |
| 高LDLコレステロール | 7% | 食事療法、スタチン系薬剤 | |
| うつ病 | 3% | 早期治療、カウンセリング | |
| 頭部外傷 | 3% | シートベルト着用、転倒予防 | |
| 身体的不活動 | 2% | 週150分の有酸素運動 | |
| 糖尿病 | 2% | 血糖コントロール、食事療法 | |
| 喫煙 | 2% | 禁煙外来の利用 | |
| 高血圧 | 1% | 減塩、降圧薬による治療 | |
| 肥満 | 1% | 適正体重の維持 | |
| 過度の飲酒 | 1% | 適量飲酒(週14単位未満) | |
|
高年期 |
社会的孤立 |
5% |
地域活動参加、家族との交流 |
| 大気汚染 | 3% | 汚染の少ない環境(PM2.5対策など) | |
| 視力低下 | 2% | 定期的な眼科検診、眼鏡・白内障手術 |
この報告書が示す重要なメッセージは、認知症は「なってから対処する病気」ではなく、「生涯を通じて予防に取り組む病気」であるということです。
2. コグニティブケア|脳を守る4つの生活習慣
日常生活での「コグニティブケア」も認知症予防において極めて重要です。
よく食べる
バランスの良い食事で脳に必要な栄養を供給する。地中海食やMIND食が推奨されています。
よく寝る
十分な睡眠で脳内の老廃物(アミロイドβなど)を除去する。7〜8時間の質の良い睡眠が理想です。
よく動く
有酸素運動や筋力トレーニングで脳血流を改善する。週150分以上の中等度の運動が推奨されます。
よく考える
読書・会話・趣味などで認知予備能を高める。新しいことへの挑戦が脳を活性化します。
筋力トレーニングと脳の健康
特に筋力トレーニングは、サルコペニア(加齢による筋肉量・筋力の低下)を予防するだけでなく、脳の健康にも直接的な効果があります。
運動によって筋肉から分泌される**「イリシン」**という物質は、血液脳関門を通過して海馬に到達し、**BDNF(脳由来神経栄養因子)**の発現を増加させます。
BDNFは「脳の肥料」とも呼ばれる物質で、新しい神経細胞を生み出したり、神経同士のつながりを強くしたりする働きがあります。これにより、学習・記憶機能の維持に重要な役割を果たします。
認知症とサルコペニア・フレイルには密接な相関関係があることが複数の研究で示されており、筋力を維持することは認知機能を守ることにもつながります。
3. 科学が証明した4つの非薬物療法
認知症の非薬物療法とは、薬剤を使用せずに認知機能の維持・改善や生活の質向上を目指すアプローチの総称です。
2025年に学術誌『Social Medicine』に掲載されたメタアナリシス(Chandrika KM et al.)では、2003年から2020年に実施された15件のランダム化比較試験(総参加者475名)を統合分析し、以下の4つの療法の効果が検証されました。
4つの非薬物療法の特徴
| 療法名 | 内容 | 実施方法 |
|---|---|---|
|
リアリティ・ |
「今日は何日か」「ここはどこか」 |
毎日の日課として繰り返し実施 |
|
ライフストーリー |
人生の歴史を写真やエピソードで |
ご家族と一緒に制作し、 |
|
回想法 |
過去の楽しい記憶を思い出し、 |
写真・音楽・動画などを用いて |
|
バリデーション |
認知症の方の感情に寄り添い、 |
事実の訂正ではなく、感情を受容する |
薬物療法は認知症の進行を遅らせる上で重要な役割を果たしますが、副作用などで治療できない患者さんでは、非薬物療法を中心に据えなければなりません。また、非薬物療法は薬物療法と併用することで、より認知症増悪予防効果が高まる可能性があります。
4. 認知機能の改善に最も効果があったのはどの療法か?
リアリティ・オリエンテーションが唯一、明確な効果を示した
この研究で最も注目すべき結果は、認知機能テスト(MMSE)のスコア改善において、リアリティ・オリエンテーションだけが統計的に有意な効果を示したという点です。
各療法の認知機能(MMSE)への効果
| 療法名 | 効果量 | 解釈 |
|---|---|---|
|
リアリティ・ |
中程度の改善 |
統計的に有意な効果あり |
|
ライフストーリー |
小さな改善効果 |
効果が期待されるが、 |
|
回想法 |
小さな改善効果 |
効果が期待されるが、 |
|
バリデーション |
増悪予防程度 |
認知機能への直接効果は不明 |
なぜリアリティ・オリエンテーションが効果的なのか?
リアリティ・オリエンテーションは、一見「地味」に思えるアプローチです。しかし、日々繰り返し「今ここにいる」という情報を確認することで、失見当識(時間・場所・人物がわからなくなる状態)を軽減し、ご本人の安心感と認知機能の維持につながると考えられています。
バリデーション療法のMMSEスコアが低下した理由
一見すると「悪影響」に見える結果ですが、これは誤解を招きやすい表現です。実際には、バリデーション療法を受けなかった対照群のスコアがさらに大きく低下していたことを意味しています。
認知症は進行性の疾患であり、何も介入しなければスコアは必ず下がり続けます。バリデーション療法は認知機能の低下を完全に止めることはできませんでしたが、低下のスピードを緩やかにする「増悪予防効果」があった可能性があります。
5. 生活の質(QOL)への効果は?
現時点では効果は不明だが、数値に現れない価値がある
今回の研究では、どの非薬物療法もQOLを統計的に「明確に改善した」とは結論づけられませんでした。研究間でばらつきが大きく、統一された結論を出すことが困難でした。
| 療法名 | QOLへの効果 | 解釈 |
|---|---|---|
|
回想法 |
小さな改善効果 |
研究間のばらつきが大きく、 |
|
リアリティ・ |
効果不明 |
研究間のばらつきが大きく、 |
しかし、数値には現れない効果がある
MMSEやQOLのスコアには現れなかったものの、以下のような効果が各研究で報告されています:
⚫︎ スペインの回想法研究:うつスコアの大幅な低下、自己受容感・対人関係の向上
⚫︎ 米国のiPadアプリ研究:気分の改善、社会的交流の増加
⚫︎ 韓国の音楽療法研究:不安の軽減
⚫︎ 台湾のデジタル回想法研究:認知機能や無気力スコアの改善
これらの結果は、非薬物療法の本当の価値が「テストの点数」だけでは測れないことを示しています。
ご本人の気分が明るくなったり、ご家族との会話が増えたりすることは、数値には現れなくても、日々の生活を豊かにする大きな力を持っています。
6. 家庭でできる実践ガイド
研究結果をもとに、ご家庭で取り入れられる実践法をご紹介します。
リアリティ・オリエンテーションの実践方法
最も効果が証明されている方法です。毎日の習慣として取り入れましょう。
⚫︎ 朝の習慣:毎朝、カレンダーを一緒に確認する(「今日は○月○日、○曜日ですね」)
⚫︎ 食事の前:「今は朝ごはん(昼・夜)の時間ですね」と声をかける
⚫︎ 帰宅時:デイサービスから帰宅したら「今日は○○に行ってきましたね」と確認する
⚫︎ 環境整備:大きな時計やカレンダーを見やすい場所に設置する
⚫︎ 季節の確認:「今は冬ですね、寒くなりましたね」など季節感を伝える
回想法の実践方法
20〜30代の思い出(レミニッセンス・バンプ)に焦点を当てると効果的です。
⚫︎ 写真アルバム:昔の写真アルバムを一緒に見ながら、思い出話をする
⚫︎ 音楽:若い頃に流行った音楽を一緒に聴く
⚫︎ 映像:出身地の風景や昔の映像をYouTubeなどで見せる
⚫︎ 料理:好きだった料理を一緒に作る(または食べる)
⚫︎ 物品:昔使っていた道具や思い出の品を見せる

実践時の注意点
⚫︎ 強制しない:ご本人が嫌がっている時は中止しましょう
⚫︎ 否定しない:間違いを指摘するのではなく、感情に寄り添ってあげましょう
⚫︎ 継続が大切:効果が出るまでには時間がかかることを理解し、無理なく継続しましょう
⚫︎ 困ったら相談:症状や進行度に応じた適切な方法を専門家に相談して選びましょう
よくあるご質問
Q1. 非薬物療法だけで認知症は治りますか?
答え: 残念ながら、現時点で認知症を「治す」方法はありません。非薬物療法は、認知機能の低下を緩やかにしたり、生活の質を維持・向上させたりすることを目的としています。薬物療法と併用することで、より効果的なケアが期待できます。
Q2. どの段階の認知症に効果がありますか?
答え: 今回の研究では、軽度から中等度の認知症を対象とした研究が多く含まれていました。早期から取り組むことで、より効果が期待できると考えられています。
Q3. 家族だけで実践しても効果はありますか?
答え: はい、効果は期待できます。ただし、専門家による指導を受けることで、ご本人の状態に合った方法を選択でき、より効果的な実践が可能になります。当院の物忘れ・認知症外来でもご相談を承っております。
Q4. デジタル機器を使った療法は効果がありますか?
答え: 今回の研究でも、iPadアプリやインターネット動画を活用した回想法が検討されており、気分の改善や社会的交流の増加が報告されています。デジタル技術を活用することで、ご本人の興味に合わせた個別化されたケアが可能になります。
ただし、決して患者さんが一人で行うものではありません。デジタル技術を活用していても、常に寄り添いお話をするツールとして使う気持ちが大切です。
Q5. 非薬物療法はいつから始めるべきですか?
答え: できるだけ早期から始めることをお勧めします。今回の研究でも、軽度〜中等度の認知症を対象とした研究が中心でした。認知機能の低下が軽いうちに始めることで、より効果が期待できます。また、認知症と診断される前の段階(軽度認知障害:MCI)でも、予防的に取り組むことが推奨されています。
Q6. 回想法で使う写真や音楽はどう選べばいいですか?
答え: ご本人の20〜30代(いわゆる「レミニッセンス・バンプ」の時期)の思い出が最も効果的とされています。結婚式、子どもの誕生、仕事での成功体験など、感情的にポジティブな記憶に関連する写真や音楽を選びましょう。ご家族に確認しながら選ぶと、より個別化されたケアが可能になります。
まとめ:今日からできること
認知症の非薬物療法は、薬物療法と並ぶ重要なケアの選択肢です。
覚えておいていただきたいポイント
1. リアリティ・オリエンテーションが認知機能の維持・改善に最も効果があることが科学的に証明されました
2. 回想法・ライフストーリーワークも、うつ症状の改善や社会的交流の増加に効果があるようです
3. QOLの改善は統計的には証明されませんでしたが、非薬物療法には患者さんと介護者との日々の生活を豊かにする価値があります
4. 家庭で実践できますが、専門家の指導を受けることでより効果的になります
5. 薬物療法との併用が基本です。非薬物療法は薬物療法を補完する手段として位置づけましょう
今日からできる3つのこと
⚫︎ 毎朝、カレンダーを一緒に確認する(リアリティ・オリエンテーション)
⚫︎ 昔の写真を見ながら思い出話をする(回想法)
⚫︎ 生活習慣病の治療を継続する(認知症予防)
「薬以外にできることはないか」とお悩みのご家族は、ぜひ非薬物療法とコグニティブケアを日常に取り入れてみてください。
当院の物忘れ・認知症外来では、MRI検査による早期診断とともに、ご家族へのケア指導も行っております。また、高血圧・糖尿病・脂質異常症外来では、認知症リスクを高める生活習慣病や脳血管障害の管理もサポートしております。
参考文献
1. Chandrika KM, Kumar S, Ankeeta MJ, et al. (2025). Nonpharmacological Interventions for People with Dementia - A Systematic Literature Review and Meta-Analysis. Social Medicine, 18(3), 217-232. https://doi.org/10.71164/socialmedicine.v18i3.2025.1803
2. Livingston G, Huntley J, Liu KY, et al. (2024). Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. The Lancet, 404(10452), 572–628. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(24)01296-0
3. Spector A, Thorgrimsen L, Woods B, et al. (2003). Efficacy of an evidence-based cognitive stimulation therapy programme for people with Dementia. British Journal of Psychiatry, 183(3), 248-254. https://doi.org/10.1192/bjp.183.3.248
4. Nichols E, Steinmetz JD, Vollset SE, et al. (2022). Estimation of the global prevalence of Dementia in 2019 and forecasted prevalence in 2050. Lancet Public Health, 7(2), e105-e125. https://doi.org/10.1016/S2468-2667(21)00249-8
この記事の監修医師 当院院長 我妻 敬一(あづま けいいち)
医療法人 華拓昇会 あづま脳神経外科リハビリクリニック
〒543-0072 大阪市天王寺区生玉前町2-6
専門医資格: 脳神経外科専門医/脳卒中専門医
所属学会: 日本脳神経外科学会、日本頭痛学会、日本脳卒中学会、日本認知症学会など
我妻院長の専門領域: 脳卒中、片頭痛、認知症、しびれ、ふらつき、坐骨神経痛
当院の特徴: 当日MRI検査、専門医診療、神経難病外来、脳卒中・神経難病リハビリ、栄養指導
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